心臓には心臓を

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こんにちは!やまざき彩音です。

タイトルがビックリしますよね(-_-;)

今回のお話は「重なりすぎた不思議な話」を

書いてみようと思います。

 

私は数年前に子供を出産したのですが

出産してちょうど一か月後のある日

反社会性パーソナリティ障害な父が脳梗塞で運ばれたと

連絡が入ったんです。

脳梗塞3回目の搬送でしたので危険な状態だと。

生後一か月の赤ちゃんを抱っこして

父の運ばれた先の外科医からの説明に

オロオロしてしまいました。

その先生が

「今からこちらに飛んで来てもらえますか?

手術の同意書にサインして欲しいのです」

というのです。

その時16時で、今から飛行機乗って来いと。

パニックになってしまい、赤ちゃんを義父母にみてもらい

先生と話しをしました。

父には当時、3番目の奥さんが居たのですが

存在をすっかり忘れていました。

私には腹違いの姉と兄がいるのですが

父とは絶縁状態で、連絡先はわかったらしいのですが

電話に出ないと。

それで私に来い、と。3番目の奥さんも認知症が始まっており

パニックで話が通じないと。

こっちもパニックだったのですが、飛ばなきゃいけないのかと

大手航空会社でパイロットをしているイトコに電話して

なんとか乗継便で行ける方法を教えてもらったのですが

義父母に止められました。当たり前です。

一か月で首も座っていない赤ちゃん連れて?預けて?

行くことなんて出来ないのです。

パニックになった私は兄のように慕う医師の友人にメールし

電話をもらって配偶者のサインがあれば手術は出来るのだから

キミが行くことはない、落ち着け、と言われ

その通りに父の執刀医に連絡をいれ落ちつく事が出来たのですが

その後、諸々ありまして、3人の子供のうち

連絡がとれるのは私しかいないので

今後の事も奥さんだけでは話が進まない事が考えられるので

連絡はとれるようにしてくださいと言われました。

結局、その後、意識は多少あったものの

心不全も起こしており、人工呼吸器で生命を維持しつづける

日々になりました。

そんな父が倒れた翌週に子供のお宮参りがあったりで

過ごしていた二週間後の夕飯時

心臓が突然苦しくなったのです。

冷や汗出て胸は重苦しく呼吸もしづらい

元々、本態性高血圧症といって遺伝などの体質で

若い頃から血圧が高めの事も多かったので

妊娠中は初期の初期から血圧のコントロールが入っていたので

出産時に血圧が180以上になり簡単には元に戻らない

私はとりあえず血圧を・・・と思い測ってみたところ

 

脈がとれない(;’∀’)

 

飛びまくっていて、計測不可だったんです。

救急相談センター(#7119)に電話をかけ

看護師さんに相談したところ

 

「今すぐ救急車をそちらへ行かせます。

心臓は発作を起こして2時間が勝負なんです」

 

との事で、それだけでビックリがアップしてしまい

その後、歩けなくなり家の中まで救急隊員さんに入って

いただき、担架で救急車に乗り込み出産をした

大学病院に運ばれました。

軽くパニック発作も起こしていたので

過呼吸になり心臓は飛ぶしで、意識を失いそうに

なりました。

その時、脳裏に浮かんだのは

「パパ止めて。私を連れて行こうとしないで」

でした。

二週間前に運ばれた父のお金関係の事でも

法的な手続きをしていた私は赤子を育てながら

一日4時間程度の睡眠で心身ともに疲弊しており

父に連れていかれると感じました。

とにかく一人で居られず、必ず傍には女性が居たり

舎弟のような後輩が居たりで

私を連れて行こうとしているんだとしか

思えなかったのです。

意識もうろうの中でそう思えて気づいたら

大学病院の救急室で少しずつ感覚を取り戻して

処置されていました。

結局、私も運ばれた二か月後に正式な手術を

して、現在は経過観察中で調子も良いのですが

実は私が出産した3日後に義父も夜中に心臓6秒止まって

緊急手術になったと、授乳時間の後に病室で

夫と電話をして知りました。

一か月のうちで3人が心臓で倒れるという

何かあるだろう、としか思えない状況で

私は無理が出来ない身体になりました。

人の生き死にというのは、目に見えない何かが

あるのだと思います。

今、こうやってだいぶ元気に子供と過ごせている事が

幸せです。

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